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熊本地方裁判所 昭和41年(わ)336号 判決

主文

被告人林田貞夫を懲役八月に、

同堀尾茂俊を懲役六月に処する。

ただし、被告人両名に対し、この裁判の確定した日から二年間それぞれ右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人山部伍一、同藤山義満に各支給した分は、

被告人両名の連帯負担とする。

被告人堀尾に対する本件公訴事実中、渡辺馨の預託にかかるいわゆる証拠金充用証券に関する商品取引所法違反の点(公訴事実第二)につき、同被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人林田貞夫は、本店を大阪市東区北浜一丁目三三番地の一に有する大阪穀物取引所所属の商品仲買人三福商事株式会社熊本出張所長として、同出張所の業務を統括していたもの、被告人堀尾茂俊は、同出張所に営業部長として勤務し、右所長を補佐していたものであるが、被告人両名は、同出張所の経費その他の諸支払等の営業資金に窮した結果、別表第一犯罪事実一覧表(ただし、柴崎実を委託者とするものを除く。)記載のとおり、昭和三六年四月二八日ころから同年八月一八日ころまでの間、前後一三回にわたり、熊本市西唐人町三九番地所在の前記出張所において、かねて藤山義満ほか二九名の顧客から、同人ら所有の各種証券を、商品先物取引の委託証拠金代用として預託を受け、同人らのためこれを共同して業務上保管中、右委託者らの承諾を得ず、委託の趣旨に反し、同出張所の経費等にあてるため、同市手取本町六三番地の一熊本市信用金庫ほか二個所において、同金庫ほか二名から合計金三八八万円を借用するに際し、単一の犯意のもとに、ほしいままにその担保として同人らに差し入れてこれを横領したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人らの判示所為は、包括して刑法第六〇条、第二五三条に該当するから、所定刑期の範囲内において、被告人林田貞夫を懲役八月に、同堀尾茂俊を懲役六月に処し、同法第二五条第一項により、被告人両名に対しこの裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用し、主文掲記のとおりその負担を定める。

(一部無罪)

一  本件公訴事実の要旨は、

第一  被告人両名は共謀のうえ、別表第一犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和三六年四月二八日ころから同年八月一八日ころまでの間、前後一三回にわたり、前記商品仲買人三福商事株式会社熊本出張所において、委託者柴崎実ほか三〇名から預託を受け、占有中の商品先物取引のいわゆる証拠金充用証券を、当該委託者の書面による同意をえないで、委託の趣旨に反し、前記熊本市信用金庫ほか二個所において、同金庫ほか二名から総計三八八万円の借入をするに際し、これを担保に供し(公訴事実第一のうち)、

第二  被告人堀尾茂俊は、別表第二記載のとおり、昭和三六年三月三〇日ころから同年八月三日ころまでの間、前後六回にわたり、委託者渡辺馨から預託を受けて占有中の商品先物取引のいわゆる証拠金充用証券を、同人に対し前記商品仲買人が取得した債権の弁済にあてるため売却処分するに際し、右委託者の書面による同意をえないで、本社経理主任〓川政一を介し、大阪市東区北浜一丁目中井商券株式会社ほか一個所において、同会社ほか一名に対し日東化学など二一銘柄株券計一万六、二三八株を売却処分し(公訴事実第二)

たものであるというのであつて、右各事実はいずれも商品取引所法第九二条、第一五五条第六号に該当するとする。

しかしながら、商品仲買人が商品市場における売買取引を受託するにあたり、委託者から担保として徴するいわゆる委託証拠金充用証券は、商品取引所法第九二条にいう「物」の中には含まれないと解するのが相当であり、このことは本件につき昭和四一年七月一三日言渡された最高裁判所判決(昭和三八年(あ)第一四一七号)の示すとおりである。そうすると、被告人らが公訴事実記載のごとき所為をしたとしても、商品取引所法第九二条違反の罪は成立しないから、刑事訴訟法第三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡をなすべきところ、右第一の所為は、判示業務上横領の所為と一個の行為で数個の罪名に触れるものとして記訴されたものであるから、これにつき主文において無罪の言渡をしない。

二  公訴事実第一のうち、委託者を「柴崎実」とする部分の業務上横領罪の成否について。

商品取引における顧客から商品仲買人に対してなされるいわゆる保証金充用証券の預託行為は、根担保質権の設定であると解せられるところ、その特殊な法的性格からすれば、民法第三四八条の適用が制限され、判示のごとき事情のもとに委託者たる顧客の承諾なくして仲買人が右証券を他に担保に供する行為は、やはり委託の趣旨に反する権限外の行為であつて、右行為は業務上横領罪にあたると解せられる。しかるところ、柴崎実の預託分(別紙犯罪事実一覧表の1の一行目、3の五行目、七行目)については、証人柴崎実の当公判廷における供述、同人の司法警察員に対する供述調書によると、その真意は容易に把握しがたいが、同人が右証券を預託するに際し、被告人らが他に担保に供することにつき暗黙の同意を与えていたことを疑わせるに足り、結局前記承諾のなかつたことにつき証明不十分であるから、この事実については、刑事訴訟法第三三六条により、被告人両名に対し無罪の言渡をなすべきところ、右は包括一罪として起訴された事実の一部にあたるから、主文において無罪の言渡をしない。

よつて、主文のとおり判決する。

(別表第一)犯罪事実一覧表

〈省略〉

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(別表第二)

〈省略〉

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